第4回 コンピテンシーと育成

以下は、財団法人関西生産性本部の機関誌「KPCニュース」2009年 11・12月号での連載記事をウェブで公開しています。

人事諸制度入門講座 ~人事考課、評価育成面接、目標設定と動機づけ、日常のOJT

1.概要

過去3回の講座で人事考課の各種ルールを学習し、また評価育成の方法も学習してきた。今回は育成、とりわけ能力開発やコンピテンシーを考察していく。またキャリアデザインも併せて考えていく。

本年度の講座の全体像は、既に1回目にご案内しているが、各回のテーマを再度下記に記すので、確認して欲しい。(図1参照)今回のコンピテンシーと育成は、次稿の目標面接にも連動するので、関連性を意識して読み込んで欲しい。

  • 第1回:人事考課入門
  • 第2回:人事考課ミニテスト
  • 第3回:評価育成面接
  • 第4回:コンピテンシーと育成
  • 第5回:目標設定
  • 第6回:OJTとコーチング
図1:講座の全体像

2.能力開発・育成

第1回の講座の中で、能力考課について説明した。その中で仕事の成果は、短期的には能力と一致しないが、長期的には保有能力と連動している旨を説明した。今回はまず、その能力考課について再度確認する。次に、能力開発体系の基本構造として採用の多いハーバード大学のカッツ教授の3つのスキルについて説明する。最後に、人材育成の視点は、「能力」から「行動」に変更する組織も増えてきた。その行動特性をみるコンピテンシーについて説明していく。

1)能力考課の復習

能力考課は、発揮された成績・成果を通じて、社員の現在保有している能力を資格等級に即して分析的に考課する。しかし、あらためてみると、その内容や文言は比較的抽象度が高い。(表1参照:能力考課の方法などの詳細は、第1回の内容を参照されたい。)

評価項目の内容 表1
区分評価項目内容
成果仕事の質与えられた職務の仕上がり程度、質的できばえ
仕事の量与えられた職務の結果の度合い、量的な充足度、納期の遵守度
情意 規律性職務遂行にあたっての職場規律の遵守の度合い
協調性チームの一員としての他人の守備範囲に対する行動の度合い
積極性改善提案、仕事の質的・量的向上、自己啓発など今以上を目指す意欲、姿勢の度合い
責任感自分に与えられた守備範囲に対する姿勢
能力理解力仕事の状況や状態を的確に把握し、指示内容や意味、意図を正しくとらえる能力
判断力情報の比較、識別、評価、総合化や状況、条件に適合した仕事の手段、方法を決めたり、変化への対応措置ができる能力
決断力部門目標を達成するため、あるいは特命を受け、いくつかの代替案から有効なものを選ぴ、決定実行する能力
工夫力担当する仕事の方法・手段について自ら改善し得る能力
企画力職務を遂行するため、方法・手段を効果的にとりまとめ、展開し得る能力や創造的アイデアを現実的・具体的にまとめる能力
開発力将来の予測・見通しに立ち、担当する分野での新しい方法を創案し、具体化に向けて展開し得る能力
表現力伝達しようとする意思・目的や報告すべき内容を口頭・文書で的確に表現できる能力
折衝力仕事を進める上で他人と折衝し、自分の意図・考えを相手に伝え、納得させる能力

これらの能力考課の考課項目は、その言葉自体になじみがあるので、理解しやすい。また、やや曖昧ながらも評価に困ることはあまりない。しかし、「表現力」などの能力や各種のスキル開発を考えたとき、能力考課の項目そのままでは、教育内容を描くことが少々難しい。

2)カッツの3つのスキルで、能力開発体系の整備

ハーバード大学のカッツ(1974) は、企業・組織の中では、3つのスキルが必要であることを提唱した。3つのスキルとは、テクニカルスキル、ヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルの3 つである。これらのスキルは、人材育成の基本構成として数多くの企業・組織で採用されている。以下に3つのスキルの概要を示す。

テクニカルスキルとは、技術や知識を指す。具体的には、ある1つの仕事の進め方や、進捗管理、会計、工場の生産管理などの専門能力を指す。テクニカルスキルは、現場でのOJTで修得する。

ヒューマンスキルとは、対人関係能力を指す。具体的には、チームを作り、そのチームのメンバーとしてチームを動機づけ、効果的に引っ張っていく能力を意味する。 ヒューマンスキルを伸ばすには、心理学や社会学、人間学を学ぶことである。また自分の部下指導について、上司からアドバイスをもらうことも有効である。

コンセプチュアルスキルとは、組織全体を俯瞰し、組織の進むべき方向性や共通の目的を定め、牽引することを指す。また組織風土を築くことも含まれる。具体的 には、自分がおかれている現状や各種要因の関係性を理解すること、優先順位づけをして、各種調整を図ることである。これらは、細かな原因と結果を理解することではなく、むしろ事業や組織について大局的に考えることを意味する。コンセプチュアルスキルを身につけるには、経営課題について、具体的なケーススタディを与え、解決策を考えさせるとよい。

3)コンピテンシーの概要

ハーバード大学のマクレランドは、1970 年代に業績をあげる人とそうでない人との行動の違いに興味を持った。この高い業績をコンスタントに示している人の行動の特性をコンピテンシーと呼ぶことに した。行動特性は観察可能なので、このコンピテンシーをモデル化して採用や管理職への登用の基準に用いた。その結果、業績や成果を平均より高めることがで きた。日本では人材育成や能力開発のツールとして、コンピテンシーの導入が広がっている。

具体的なコンピテンシーの定め方について説明していく。もちろんコンサルティング会社に依頼して、作成することもあるが、職場の現状をよく知る第一線の管理職に、業務遂行時に必要なスキル、情報、ふさわしい行動を列挙してもらい、自社オリジナルのコンピテンシーディクショナリーを作成することが、既存の制度と現場に即した内容になりやすい。自分達で作り上げた制度は、納得性も得やすいだろう。その作成の手順を以下の3つのステップで説明する。最初のステップは、求められているスキルやふさわしい行動を箇条書きなどで列挙する。そしてKJ法などを用いて分類し、更に資格等級ごとに具体的な行動レベ ルで記述し、明文化する。2つ目のステップは、コンピテンシーを目標による管理制度の中で意識的に書き入れ、仕事を通じて、コンピテンシーを確認、開発するように工夫する。自己研鑽だけでは難しい場合は、計画的にOJTを実施する。また一部門やチームでは習得できないスキル―たとえば論理的に文章を書く能力を身につける―の場合は、研修会に参加することで能力開発を進める。よく社外研修は役に立たないとか、業務と関係がないから意味がないという声を聞く。 この原因は、研修に参加する前の必要性や目的について、上司や本人の確認が不足していることが多い。研修を意味あるものにする方法は、講義中の説明ではなく、受講前に研修目的を上司と確認することに他ならない。このような問題が起こる原因は、必要とされる能力の整理が不足していることが多い。最後のステップは、コンピテンシーラーニングの効果を測定する。その方法は、OJTや研修指導者や人事教育担当者がその到達レベルを確認する。また必要に応じてフォローアップをする。フォローアップは、同じチームや研修受講者どうしで指導しあうことが最も効果的である。(図2参照)昨今の成果主義の台頭以降、個人プレイが目に付くようになった。成果主義を導入した組織は、必ず目標管理シートやコンピテンシーに、「チームメンバーの育成、能力開発」などを取りあげて欲しい。

図2:コンテンシーラーニングの実践

コンピテンシーを有効に運用するためには、自組織のオリジナルのコンピテンシー評価項目を是非作成して欲しい。オリジナルコンピテンシーを作成する具体的な 方法は、まず必要とされるコンピテンシーの大きなテーマである分類を定め、次にその言葉の意味する具体的行動内容を示す。これを資格等級ごとに具体的な行 動レベルで示す。この詳細を図3に示す。この図では一般的な内容でしか説明していない。皆さんの現場では、資格ごとの行動の説明の中に、「たとえば... という仕事」と明示して欲しい。もちろん業務内容や範囲が変われば、その都度、例示などを変更する必要がある。評価方法は3段階程度が好ましい。これ以上 多くなると段階の評価にブレが生じやすくなる。また○×の2段階では極端すぎる。もちろん△や×が能力開発のポイントになる。特に昇格間近のメンバーに とっては、上位等級はどのようなコンピテンシーが期待されているかを明確に知ることができる。また参考までに分類の例を図4に示す。

図3:コンピテンシー評価の例:項目
図4:コンピテンシー評価の例:分類

3)コンピテンシーによる人材育成

どんな組織でも人材は2:6:2 の比率であると聞く。これは優秀な社員が2割、普通の人が6割、ちょっと困った人が2割ということだ。フェレンスら(1977)は論文で、マネジメント・ キャリアモデルを取り上げ、興味深い分類をしている。社員のタイプを「スター社員」「停滞人材」「新人」「問題社員」の4つに分類した。この分類には、現在の業績と将来の昇進の可能性という軸をおき、それぞれ高い、低いで整理し合計4つの大きな括りで分類した。さらに停滞人材を、その原因を、組織事情と、個人事情に分類、合計5つのタイプで括った。組織事情とは、いわゆるポスト不足を意味し、現在の上司が異動になれば、すぐに次のスター社員として能力を発揮できる状態を指す。個人事情とは、現在の上司が異動しても、個人の性格などにより、スター社員にはなりにくい。とはいえ業績は高いので、組織としては大切な人材である。

このマネジメント・キャリアモデルによる5つのタイプ分類は現在も有効であると考えられる。そこで筆者は、スター社員の育成や問題社員を停滞人材に変容させるために、コンピテンシーの活用を提案したい。過去の連載でも説明してきたが、社員の性格を変容させるのではなく、行動を変容させることに育成の力点を置いて欲しい。つまり同じ職場で停滞人材と 問題社員の行動の違いは何であるのか、停滞人材をスター社員にするためには、どのような行動が求められているのか、行動を軸に確認、育成を図って欲しい。 (図5参照)

図5:従業員タイプと育成

3.能力開発とビジネスキャリア

スター社員の中でも別格な人をハイパフォーマーと呼ぶ。この一部の社員を除き、大多数の社員のビジネスキャリアは、組織の中長期の経営計画に即した内容で計 画しなければならない。そうしなければ、組織も個人も不幸な結果となる。企業や組織は、社会や経済環境によりその目的や方法を変化させなければならない。言い換えれば、変化に対応できなければ、存続できない。このため多くの企業では、中期の経営計画を作成している。これにより組織の方向性を定めている。このため個人のキャリアデザインも、その方向性に即して見直しを図らなければならない。目標管理シートの中に、2,3年後の目標や能力、キャリアデザインを記入する枠を作り、上司と面接の度に話し合いをして欲しい。残念ながら、昨今の経済情勢の激変は、中期計画という緩やかな変化ではなく、1年未満で大きな変化に対応することが求められるようになってしまった。もちろん、経営計画が変われば、業務内容、仕事が変わるので、コンピテンシーの例示などは見直す必要がある。(図6参照)

図6:経営計画と仕事内容、個人のキャリアデザイン

まとめ

コンピテンシーを用いて、能力開発・育成のポイントをご理解いただけたと思う。なお先に説明した従業員タイプや育成、動機付けなどは、明治大学の山口生史教授らと筆者が取りまとめた書籍『成果主義を活かす自己管理型チーム』生産性出版でも取り上げているので、確認されたい。さて次回は、目標管理の原理原則、具体的な目標設定とその面接のステップ等について確認していく。

参考文献

Robert L.Katz (1974)"Skills of an Effective Administrator"HARVARD BUSINESS REVIEW September-October Ference, T.P., Stoner, J.A.F., & Warren . (1977). Managing career plateau, Academy of Management Review, October, 602-612.
山口生史(2005)『成果主義を活かす自己管理型チーム』生産性出版

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