第1回 研修体系を考える ~組織が求める3つのスキル~

ロジカル・コミュニケーションスキル実践講座

以下は、『人事マネジメント』2016年7月号「ロジカル・コミュニケーションスキル実践講座」での連載記事(全6回)です。

質問
今回の人事異動で,教育研修を担当することになりました。上司から,「新しい目で見て,当社の研修体系の改善を考えてほしい」。また,営業部からは,「論理的に物事を考える力が弱いので,研修を企画してほしい」と依頼を受けました。しかし,私は新入社員研修の後,何も研修を受けたことがなくて…。何から手をつけたらよいのでしょうか?
回答
①求められているスキルと現在の階層別研修の現状を整理する
②研修後には,どのような状態(どのような行動が受講者に身についている)になっていればよいか,依頼者に詳しくヒアリングする

●はじめに

 人事は,もはや専門職ではなくなってきました。以前は退職まで人事部一筋という担当者も少なくなかったのですが,近年は人事部門も通常のジョブローテーションの対象の 1つとして, 3~5年で異動するケースが増えてきました。それに伴い,教育研修の担当者も数年で異動し,研修体系の設計や改善する能力が身につく前に別の担当に変わってしまうことも多くなってきました。そして,今回の質問のように,未受講の内容について,企画を任されることが増え,困惑している話をよく聞くようになりました。

●概要

 まず,研修を体系化する視点として,古くから活用されている「カッツの組織に求められている 3つのスキル」をご紹介します。そして,研修の企画を担当するときに,最初に確認すべきことと,当該コミュニケーション研修については,この連載の中でご紹介していく予定です。

●カッツの3つの切り口

 ハーバード大学のカッツ教授は,組織が求めるスキルとして,テクニカル,ヒューマン,コンセプチュアルの 3つの視点から説明しています(図表 1参照)。 テクニカルスキル(TS)とは,業務における専門能力です。例えば,外科医,会計士,エンジニアというようにその業務を遂行するにあたり,特殊な知識や分析能力,専門工具の活用方法等が相当します。これらのスキルは,主にOn-the-Job Training(OJT)により,それぞれの部門やチームで能力開発が進められるこ同僚,部下など職場の仲間と互いが協力し合う体制を整えたり,効率的に仕事を進めたりしていく人間関係能力です。その一例として,コーチングに代表されるように,言葉の裏側にある本音を理解するようなことも含まれます。このほかにも,周囲を巻き込むリーダーシップなども含まれます。 コンセプチュアルスキル(CS)とは,直訳すると「概念化形成力」です。ここでは,会社の有している能力を最大化する力と考えてください。具体的には,部門間調整力や決めたことを実行に移す力です。例えば,新しいマーケティング手法に変更する際には,製造現場,生産管理,財務,調査など様々な部門の関係者に納得してもらう必要があります。 これらの 3つのスキルは非常に近い関係にあり,相補的です。例えば,新しいマーケティング手法に変更する際には,製造現場,生産管理,財務,調査など様々な部門の関係者に納得してもらう必要があります。 これらの 3つのスキルは非常に近い関係にあり,相補的です。例えば,ヒューマンスキルで説明した「個人やグループへの動機づけ」は,コンセプチュアルスキルで説明した「組織力を最大化させる」ことに連動します。

 会社での役職と 3つのスキルには,関係があります。上級職になると,テクニカルスキルはほとんど必要とされず,コンセプチュアルスキルが最重要視されます。また,ヒューマンスキルはすべての社員に求められています。

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●研修体系の再構築

 今回のご質問のケースもカッツの視点を活かすとよいでしょう。まず,部門内で実施すべき研修と全社的に実施すべき研修に区分してください。職場ごとに必要とされる専門知識や技術に関する内容(テクニカルスキル)ならば,年齢や役職を問わず,部門や業務に関連している全社員を対象にします。例えば,会計・決算に関する法律が改正された場合は,経理部は全員,それに加えて,各部門の管理職と部門内の経理担当を対象に研修を企画することをお勧めします(図表 1の2)部門別研修)。 次に,ヒューマンスキルは全社員に対して実施するとよいでしょう。若手にはアサーティブ行動など人間関係の基礎を,管理職には,言葉の背景を掴むための傾聴力トレーニングやコーチングというように,役職と求められる能力に留意して設計することをお勧めします(図表 1のHSに相当)。 幹部候補者研修には,コンセプチュアルスキルを重視した研修をするとよいでしょう。このときに,受講者や部門の希望を単に聞くのではなく,人事部として必要と考える研修も計画する必要があります。例えば,人権啓発やセクハラ,メンタルヘルスに関する研修は,全社員が受講すべき内容でしょう(図表 1の1)全社共通研修)。研修体制を整理・見直すには,現在実施されている研修を 3つのスキルと階層で分類してみると,過不足が見えてきます(図表 1の右側参照)。

●課題意識の具体化

 ご質問のような営業部からの依頼は,そもそも部門で研修を実施すべきか,全社的な研修として実施するかを検討してください。そのためには,依頼者に事情や問題,ねらいを尋ねる必要があります。通常の論理的思考研修ならば,全社員対象で実施したほうが,費用対効果は高いはずです。 今回は,依頼者の課題意識についてより詳しくヒアリングする必要があります。例えば,「お客様に的を射た提案や打ち合わせができない」「受注後は,会議がうまく進行できず,お客様の言いなりで,プロジェクトが赤字になって困っている」というような場合は,一般的な論理的思考研修ではありません。また,全社的に研修を企画・実施することもできません。営業部の部門内研修として実施することが好ましいでしょう。

●知の技術研修

  もし,課題が「お客様に的を射た提案ができない」ことなら,ロジカル・プレゼンテーション研修が,「会議がうまく進行できない」ことなら,ファシリテーションかネゴシエーションの研修が適していると推測できます。 いずれの研修が適しているかは,現状と希望する姿について,もう少し詳しく話を聞いたり,当該研修内容を説明して,イメージに沿っているかを尋ねたりする必要があると思います。 これらのスキル研修(図表 2参照)については,次回より詳しく説明します。

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関連情報

著者:別所 栄吾(べっしょ・えいご) 
株式会社BCL代表取締役 https://www.bzcom.jp
 
▶信条「知らないことはできないし,選択肢にすらならない。だから教育は大切なんだ。
近著:『あなたの職場は,なぜ問題ばかり起こるのか?』『会議は長いのに,なぜ何も決まらないのか?』『あなたの話は,なぜ伝わらないのか?』(日本経済新聞出版社)講座:「実践ロジカル・コミュニケーションスキルズ」「成功するミーティング・折衝スキル」「ビジネスディベート」(日経ビジネススクール)ほか

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