第6回 ロジカルネゴシエーション ~互いの利益を最大にする視点とコミュニケーションスキル~
以下は、財団法人関西生産性本部の機関誌「KPCニュース」2009年3・4月号での連載記事です。
●はじめに
過去5回の連載で各種ロジカルスキルを伸ばすツールをご紹介してきた。最終回となる今回は、互いの利益を最大にするために、「ロジカルネゴシエーション」についてみていく。通常交渉研修では、ケーススタディを用いて、設定に基づいた話し合いを実施している。誌面では交渉相手がいないので、本稿は交渉を有利に進めるための着眼点を中心に記述していく。読者諸氏の交渉力や折衝力に寄与できれば幸いである。(図1参照)
概要
交渉力、折衝力を高めるには、「緻密な準備」と「実りあるコミュニケーション」を意識し続けることである。1つめの緻密な準備とは、まず目的を確認すること、次に最高の代替案を準備しておくこと。最後に交渉に直結する情報を収集しておくことである。情報は力になる。2つめの実りあるコミュニケーションとは、交渉の初期段階では、情報の共有から信頼関係を築くことである。交渉が進むと様々な問題点が見えてくるので、争点や課題を整理する。そして最後は、条件の交換や創造的な問題解決策を検討することで交渉を合意に導くことである。(図2参照)
1. 緻密な準備
1) 目的を確認する
なぜ折衝や交渉するのかを自分と相手の両方の立場で具体的に記述する。話し合いをしていると、個々の事象や情報に翻弄されて、話がずれ続けてしまう。事前に今回の交渉、折衝では何が欲しいのか、あるいは、何のために話し合いをしているかをあらかじめ文章として記述しておくと良い。書くことは自分の頭の整理になるので是非実践して欲しい。この目的を意識しながら、話し合いを進める。相手が交渉のテーブルについているならば、状況は明るい。交渉相手も何からの必要性を感じているから話し合いができる。自社はもちろん、相手の事情や取引の必要性などに考えをめぐらせると話し合うポイントや訴求ポイントがつかみやすい。
互いの目的を知ることで問題が解決してしまうこともある。2人の姉妹と母親のオレンジをめぐる有名なエピソードがある。あるとき1つのオレンジを2人の姉妹が、これは絶対私が欲しいといって譲らなかった。そこで母親が半分ずつにしなさいと仲裁に入った。しかしこのアイデアは双方不満であった。妹は全部食べたいと言い、姉は半分ではマーマレードを作るには、材料が足りな過ぎると言った。もうお分かりだろう。妹はオレンジの中身。姉はオレンジの皮を手に入れて双方とも満足できた。このように、何が欲しいかだけで無く、何のためにそれを入手したいのかを考えることで、交渉せず問題解決ができてしまった。これは極端な例であるが、このような視点を持って欲しいのだ。
2) 最高の代替案を準備する
今回の交渉が不成立になったときの代替案を準備する。代替案があれば、その条件以下で契約することはないので、心にも余裕ができ、話し合いが深まり、結果としてよりよい交渉結果を導き出すことができる。例えば、大学入試を考えて欲しい。2番目に行きたい大学の合格通知をもらった上で、本命の大学を受験するのか、それとも全ての大学に落ちてしまった状態で受験するかでは、こころのゆとりが違う。適当な代替案ではなく、納得できる最高の案を事前に用意したい。代替不可能な商品・サービスで無い限り、2番手の価格を調査し、代替案を用意しておく。しかし多くの組織では代替案の調査に力を入れていないケースが多い。本当に採用可能な代替案を作成できなければ、交渉を有利に展開できない。本気で代替案を準備して欲しい。
3) 交渉に直結する情報を収集する
最高の代替案を準備するのには、情報力が交渉力に直結する。家電を量販店で値引きしてもらう場合は、他店の販売価格情報が大きな力を持つ。例えば冷蔵庫を購入する場合、別の量販店の価格やインターネット通販の価格などを事前に調査しておけば、その価格より安くしてもらえる可能性が大きい。また家電量販店では、日にちごと、フロアごとに販売目標を持っている。だから、雨の日の閉店2時間前などは狙い目である。天候が悪いときはどうしても来客数が減り販売総額も減る。販売目標額も低空飛行してしまう。とくに閉店時間が近い場合は、値引きの幅が大きくなりやすい。更にモデルチェンジの時期ならば、大幅値引きも期待できる。ある家電量販店はメーカーのラインを買い上げて、内容は全く同じプライベートブランド商品を開発している。プライベートブランド冷蔵庫は返品できないので、モデルチェンジ前には、そもそも他の量販店より安かった冷蔵庫が更に値下げされることがある。家電もプライベートブランドの時代であることを知っていれば、インターネット通販より安価に商品を手に入れる可能性が高まる。
これまでは、商品購入という視点で記述してきたが、これからはサービスを提供する側からの視点で説明を進めていく。下記内容は話し合いの余地がある場合で有効となる。言い換えれば、仕様書で定めされた商品、サービスの入札では、その特質上あまり活用できない。
2. 実りあるコミュニケーション
1) 情報の共有から信頼関係を築く(初期)
交渉の最初は、協調的にコミュニケーションし、信頼関係を築くことである。お客様のニーズやご希望、抱えていらっしゃる問題点、解決の方向性などをお伺いする。また自社の提供できるサービス内容や価格、提供体制、他社との違い、独自性を説明する。同業他社との違いや独自性を説明できなければ、残念ながら、価格交渉力は大幅に下がってしまう。可能な限りライバルとの優位性を事前に準備し、初回の説明時にサービスの違いを説明して欲しい。たとえば「営業担当者が経験豊富なので、種々のご相談に迅速かつ幅広く対応ができます」や、「お見積は他社に比べ、割高にお感じになるかもしれません。しかし弊社の商品は最も高品質なので、故障が少なくランニングコストを抑えることができます。故障が少ないということは、御社の生産ラインを止めるリスクが最小化されます。」このように顧客の視点に立った説明が求められる。自社では当然の情報や考えも、話し合いの初期は、お客様はご存知ない情報といえる。また購入者も、購入価格だけで購入すると、もうすぐ時期モデルが発表されることや代替商品の提案を聞くことができずに、コストや品質改善の機会を逃してしまうかもしれない。このように情報の共有から、共感ゾーンの拡大を目指していく。共感ゾーンの拡大は信頼感と安心感の増大になる。共感ゾーンが大きければ、互いに無理を聞いてもらいやすくなる。(図3参照)
相手に貸しを作っておくことも交渉がしやすくなる。もちろん金品の貸しではなく、気持ちの貸しである。たとえば競合他社に仕事をとられてしまった時に、「○○さん(←担当者の名前)と一緒に仕事ができると期待していたのですが、本当に残念で悔しいです。」と述べるとよい。相手は何も悪くないのだが、次に何か仕事があれば、「最初に声を掛けてあげよう」という気持ちの貸しを作ることができる。心の貸しはスーパーマーケットの試食で、私はこの心理(返報性の原理)が働く。食べてしまうと、買わなければ申し訳ないという気分にさせられるのだ。皆さんは、そのまま立ち去れるだろか。
2) 争点、課題を整理する(中期)
「ぶっちゃけいくらまでにできる?」という最低条件ではなく、利益と優先順位についての情報を共有することで、お互いの満足度を高められる策を考えよう。最初から値段交渉をしてしまうと合意できなくなるケースが多い。価格以外にもお客様が欲しいサービスがあるはずである。価格折衝の前に、お客様は商品以外に、何を望んでいるのか、質問をしたり、こちらから出来ることを提案したりする。すると、お互いの譲れるところと、難しいところ、会社に戻って検討や相談の余地があるものがより見えてくる。無理難題を押しつけられたときこそ、現状からの改善で解決することを考えるのではなく、ゴールから思考し、達成するための方法を柔軟に考える必要がある。そのときの視点は、「なぜ、お客様はそれを必要としているのだろう。」あるいは、「何をするためにそれを使用しているのだろう」という疑問を持って解決策を考えることが、ビジネスのブレイクスルーにつながる。解決策は必ずあると信じて、可能性の掘り出しを継続して欲しい。先にあげた1つのオレンジの例では、交渉するまでもなく「何をするために」という視点が両者を満足させる策に結びついた。
3) 条件の交換、創造的な問題解決策を検討する、合意する(後期)
交渉の後半では、様々な状況が互いに見えてくる。やはりここでも要求のぶつけ合いではなく、可能性の掘り出しを継続して欲しい。しかしどうしても時間が足りなくなってくる。妥協策を考えるのではなく、価値創造型の策をつくりたい。このためには、双方に利益がもらされる選択肢を書き出してみることだ。もちろん双方の合意点、相違点を確認すること。また交渉項目の重要度が互いに違うことがあるので確認するとよい。これらは自分で準備した上で相手に質問し、確認してみること。またお互いに最善な策で提案してみる。うまくすればこれで交渉は成功して成立となる。
これでも交渉が成立しなければ、「どのような条件なら、合意できるのか」条件を相手から逆提案してもらうとよい。「妥協型」の交渉よりも「交換」。それよりも「創造的」な交渉を常に念頭において話し合いをして欲しい。(図4参照)しかし不幸にして、条件が最後まで折り合わないことがあかもしれない。あきらめる前に、譲歩してまとめられないかを再度検討する。そして、最終の譲歩案と交渉決裂時の状況を具体的に比較して意思決定をする。
(参考)交渉のヒント:値引き要求と条件交換
- 値引きしない代わりに、在庫管理を代行する。
- 値引きしない代わりに、約3週間分の製品在庫を弊社で持つことで、地震などの災害でも(御社)お客様の製造ラインへの影響を減らす。
- 値引きのかわりに、別の契約もセットで受注できないか相談する。
- 長期の契約にしてもらう。(ロット確保:自社の稼働率の向上)
- 支払日を早くしてもらう
- 技術伝承、OJTなど人材育成の機会として活用する。つまり非金銭的利益を考える。(社内)
全6回、1年間ご愛読ありがとうございました。