第6回 ロジカル・ネゴシエーション ~折衝力・交渉力~

以下は、『人事マネジメント』2016年12月号「ロジカル・コミュニケーションスキル実践講座」での連載記事(全6回)です。

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質問
わが社の社員は,簡単にお客様の言いなりになってしまう傾向があります。顧客第一主義と安請け合いを混同しているようです。しかし,相手を出し抜いたり,打ち負かしたりするような研修はしたくありません。でも,赤字になるようでは困ります。交渉力は伸ばしたいのですが,どうすればよいのでしょうか?
回答
準備が決め手。同等の価値を持つ代替案を複数準備することを学ぶ
長期の視点で,協調的に,迅速に,双方の利益を考えて決定する習慣を身につける

●はじめに

 交渉と聞くと,「言葉巧みに値引きをして買う」や,「有利な条件を引き出して契約をまとめる」という駆け引きをイメージする人が多いものです。もちろん,他店でも売っている耐久消費財の私的な購入(Business to Consumer:B to C)ならば,駆け引き的な交渉もあります。しかし,ビジネス(Business to Business:B to B)での交渉は,継続的で専門的なものです。
 優れたビジネスパーソンは,相手との日常の業務の中で交渉になりそうな内容を先取りして,駆け引きを回避しています。人間関係や事前の調整で問題を先取りしている人が最高の交渉人です。
 今回は,私的な商品購入と継続的なビジネスでの交渉の2つの視点から考え方とテクニックを紹介します。このような視点を取り入れた研修など,能力開発の機会をつくって折衝力・交渉力アップを図ってください。

耐久消費財の私的購入は,他店の情報が決め手

 同じ型式ならどこで購入しても同じ商品の場合は,価格競争になりがちです。その代表が家電のインターネット販売。テレビや冷蔵庫は,誰もがその画質や使い勝手を体感して購入したいと思います。そのため家電量販店などで商品を確認したり,販売員から説明を受けたりします。当日の持ち帰りができる即納性や,販売員の熱心な説明に心を動かされて購入を決めることもあります。しかし,説明は聞いても実際の購入はより安価なインターネット通販というケースも少なくありません。

1)代替案の準備が交渉の決め手

 家電量販店をショールーム化させないために,「他店より高い場合は,ご相談ください」と言っているところもあります。目当ての商品を値引きしてもらう場合は,他店の販売価格の情報が大きな力を持つことになります。インターネットが普及する前は自分の足で情報を集める必要がありましたが,現在はスマートフォンで容易に情報を得ることができます。
 このように,他店で安価に購入できるという代替案(Best Alternative to a Negotiated Agreement:BATNA) を準備しておくことが,家電量販店での価格交渉を優位にします。例えば,冷蔵庫を購入するときに,他店の価格や納期を事前に調査しておけば,その量販店で値下げしてもらえる可能性が大きくなるのです。
 また,家電量販店では,日にちごと,フロアごとに販売目標を持っています。従って,販売成績が振るわないときに値引き交渉をすると有利になります。例えば,雨の日の閉店2 時間前などは狙い目です。天候が悪いときは,来客数が減り,販売総額も減少しがちになるので,値引き幅も大きくなりやすいものです。しかし,販売目標を達成していたら,値引き幅も少なくなってしまうでしょう。相手の状況や目標も考えてみましょう。
 一方,自分の目標も再定義して,対応の幅を広げてください。そもそもその販売店で購入しなくてもよいのです。パソコンを例に考え方を整理してみましょう。安価にパソコンが欲しいならば,インターネットで購入する,より安価な他の販売店で購入する,友人から中古を譲り受ける方法などが考えられます。目標はパソコンを手に入れることなので,代替案はなるべく多く準備しておきましょう(図表1 参照)。

negotiation1.PNG  インターネット販売が常に最善とは限りません。ある家電量販店は,メーカーにプライベートブランドでの製造を依頼し,全数買い上げて販売しています。製品によっては仕様が全く同じで,型番だけが違う場合もあります。プライベートブランドは返品できないので,モデルチェンジ前には,そもそも他の量販店より安かったその家電が,さらに値下げされることもあります。このような情報を知っていれば,インターネット通販より安価に,そして即日,商品を手に入れられる可能性が高まります。
 上述の考え方や方法は,ビジネスの場面でもヒントになることが多いと思います。自分の業務に置き換えて,代替案を考えてください。

●2)交渉できないと思い込まない

 固定観念を捨て,交渉することも大切です。あるとき,私は妻から食器を購入してほしいと依頼されました。食器に疎い私は,通販カタログに掲載されていた商品を写真に撮っておきました。それはホームセンターでは扱っていないような高級品でした。百貨店ならばあると思い,都内のある店に向かい販売員に写真を見せて尋ねました。すると,「こちらの商品です」と案内された商品の価格は,私が撮っておいたカタログよりも1,000円ほど高かったのです。
 全く同じ商品ならば,あえて1,000円高く,その場で買う必要はない,通販で購入すればよいと思いました。そこで私は,もう一度写真を見せながら「これは全く同じ商品ですよね。全く同じならば,今日,こちらで購入する理由はなくなってしまいます。同じ価格になりませんか?」と尋ねました。販売員は上司に相談に行き,カタログと同じ価格にしてくれました。百貨店でも値引きをしてくれるケースがあることを知っていると,あなたの行動が変わるかもしれません。
 百貨店で値切る人は少ないと思いますが,耐久消費財など同一の商品が他所でも買える場合は,価格競争に巻き込まれやすいものです。このとき,販売員は実店舗の強みを訴求する必要があります。それは,通販よりも短納期であることや,独自の長期保証の充実,初期不良品の即時交換などの優位性などです。例えば,小さな子供がいる家庭では,テレビの購入時にフルカバー型の保証の有無で販売店を選ぶことがあります。

●交渉しないことが,ビジネスでは最高の交渉術

 ビジネスを継続させるためには,交渉をしなくてもよい状態をつくることが最善です。その状態とは,人間関係の構築や問題の先取りです。この場合の人間関係とは接待ではありません。仕事に対する熱心さと結果です。
 例えば,営業部の仕事は,お客様のご要望を的確に理解するだけでなく,まだ言葉にされていない願望やニーズを先読みして対応することです。
 また,ITや建築業界では,受注当初と実行の段階で設計が変更されることが多くあります。仕様変更を交渉対象にしないことが最善です。ある支社長は,お客様の業務について詳しく分析し,本来はお客様が作成する仕様書以上の細かさと問題の先取りをしています。
 営業に求められるのは,ITに関する専門的な知識よりも,お客様のビジネスを詳しく知り,お客様の視点で企画や問題発見,そして解決行動が取れることです。そもそも営業や技術がお客様のビジネスを熟知していれば,仕様書の過不足に気づくことができるはずです。
 また,同一商品やサービスならば,次回は価格交渉になる可能性を考慮する必要があります。相手から要求される前に,品質の向上や耐久性の向上等を図っておくべきです。交渉を回避するには,この不断の努力が必要なのです。

1)ビジネスでの交渉は,長期的な視点で,最良を目指す

 しかし,どんなに準備や対策を検討しても,すべての問題や交渉を回避することはできません。このときも駆け引きをせず,長期的な視点で話し合いをする必要があります。駆け引きをすれば,現在の仕事も人間関係も壊し,次をなくしてしまいます。親しくしていれば,突然「御社との取引はなくなり,他社からの調達に変わった」と報告を受ける前に,いろいろな話をしてくれるでしょう。
 また,交渉を成功させるには,相手の期待を上回る解決策(原案)を提示することです。それと同時に,原案と同等以上の代替案を準備しておくことです。とるべき対処の想定の範囲はなるべく広く,検討しておいてください。ビジネスでの交渉は,先を読んだ準備が最大のポイントです。

2)お客様と一緒に問題を考え,ピンチをチャンスにする

 価格を5 %下げてほしいと依頼されたときに,多くの人は現在のやり方の延長で工夫して実現しようと考えます。あるいは,「現在はすでに限界である」と,できない理由をたくさん述べてしまいます。
 ある通信機器メーカーを例に考えてみましょう。「最近,海外のメーカーが品質は少し劣るけれど,半額で販売を始めたので,御社も半額にしてほしい」と依頼されたら,あなたはどう考えますか? 現在の延長線で検討することはしないでしょう。その製品やサービスの目的をもう一度定義して,必要最低限の設計をし直すでしょう。諦めてしまうと,この事業の売上はゼロになってしまいます。
 このときお客様は,価格と品質を天秤にかけて,価格で選択しています。それは,品質の低下に不安を抱いていることになります。それならば,その安価な通信機の精度を高めるシステムを開発すれば,お客様とのビジネスも違う形で継続できます。それと同時に,国内の同業他社も同様に調達先を替えられてしまいそうになっているかもしれません。他社に先駆けて精度を高めるシステムを開発できたら,ライバル社分の仕事も獲得できるかもしれないのです。これが,ピンチをチャンスに変える発想や行動の例です。

3)争点(issue)を共有し,話し合いを深める

 話し合いが進むと,お互いの様々な状況が見えてきます。要求のぶつけ合いではなく,可能性を掘り出し,お互いが満足できる状態を目指してください。
 ここで大切なのが,些末な議論や問題を棚上げして,本質的な問題(争点)を見極めることです。そして,双方の利益となる選択肢をつくり出してください。そのときは,現実的な解決策をつくり出すことと,決定を分けて話し合いを進めることが大切です。分けられないと,話し合いが進まなくなります。
 交渉では「妥協型」よりも条件の「交換」,それよりも「創造的」解決を目指します。
 交渉が行き詰まり,決裂しそうになったときは,「どのような条件なら,合意できるのか」を相手に尋ねるとよいでしょう。その条件を受け入れると,長期的な視点で検討してもマイナスが明確に大きい場合は,決裂を選択しなければなりません。また,他の人がこの交渉を担当したときでも決裂を選択するかを想像してください。このときに,代替となる他の事業や業務がなければ,決断ができず,傷を広げてしまいます(図表2参照)。

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4)合意後の行動計画を合意する

 方向性が決まっただけでは,交渉は終わっていません。仕事で確実に結果を出すには,具体的な行動計画を詰めておく必要があります。具体的には,「いつまでに,誰が,何をするか,どのように実現するか」を決めることです。ビジネスのシナリオを確認しておかないと,後々問題になってしまいます。交渉に限らず,仕事はすべて先読みが肝心なのです。最後に,交渉前にチェックしておきたいポイントを整理しておきます(図表3 参照)。話し合いをする前,しているときに,確認してください。

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●終わりに

 全6 回のご愛読ありがとうございました。これらのロジカルスキルは,主として講師派遣型研修として提供しております。汎用的なロジカル・シンキング研修をはじめ,さらに効果が高い,自社の業務内容を教材とするプレゼンテーションや業務改善研修も提供しております。文章で学ぶよりも集合研修は一味違いますので,その効用を踏まえて検討いただければ幸いです。

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